裏切られた時に考えること
- 2017/11/12
- 柴田コラム

誰かに裏切られたと思った経験は誰にでも少なからずあることだ。
約束を反故にされた。
一緒にやろうと誓っていたのに、別の人と組まれてしまった。
自分のチームやグループを横取りされた。
私の実績の売上なのに、他人の実績の売上にされた。
等々例をあげれば、枚挙にいとまがないかもしれない。
そして、このことはこの人間社会の不可避な不条理とも言える。
だが、よく考えて見て欲しい。
それは裏切られたのではない。
あなたがその人の本質を見抜けていなかっただけだ。
それに、裏切られたと思うということは、その人に対して過度な期待があったということだ。
別の言い方をすれば、その人に頼っていたとも言える。
そんな人に頼るあなたが悪いのではないか?
裏切られたと感じるあなたは、大きく反省しなければならない。
確かに、裏切った人も心無い人だったかもしれない。
しかし、それ以上にあなたがその人の心なさを見抜けなかったということが失敗だ。
その失敗を、この裏切られたことを機会にひたすら反省して欲しい。
あなたは、その人を見透かすことができなかったばかりではなく、逆にあなたがその人に見透かされていたということ。
心より反省し、場数を踏んでこれから裏切られることのないように強くならなければならないだろう。
こればかりは頭だけで考えて所作や行動を変えていくだけではなく、経験という場数が必要である。
これからは、他人を見透かすことができ、逆に他人に見透かされないように鍛えること。
それが裏切りをなくす唯一の方法だ。