法律やルールを守れば良い

こんばんは、あなたと教養をともに高める柴田です。

今日は人間社会の核心的なお話しを少しだけします。まずは成功法則を書きます。

違和感を感じる方もいらっしゃるかもしれませんがTwitterでウケが良かったので書きます。

【成功法則】

✔︎法律やルールを守るだけにする

→我慢してまで道徳、慣習は一切守る必要はない

→我慢ならない道徳や慣習は全部破っても問題ない

👉法律やルールさえ守っていれば堂々と生きていける

👉道徳や慣習を守っても法律やルールを破ってはダメ(裏社会で生きるしかなくなってしまう)

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なんとなく理解できるでしょうか?

専門的な言葉で書くとコモンローとコモンセンスのお話です。

これは少し奥が深いお話ですが、深掘りすることなく書きます。

道徳や慣習というものは、時代とともに変わります。

明治時代、大正時代、昭和初期、戦時中、高度成長期、平成と、道徳は時代とともに移り変わってきます。

法律は道徳と別個に存在します。

もともと人間は自然のままでいると自由気ままに自己の利益を最大化するため戦争が始まってしまう。

これは16世紀の哲学者トマス・ホッブズの唱えた自然状態です。

そこで人々の代表を集め、人々の代理の集合体である国家権力というものをつくり、人々を国民と呼び、その国民が守るべき法律を作ったわけです。

その意味で国家との契約主義によらない道徳や慣習は、法律とは違うものです。

法律を破れば、国家(または共同体)に罰せられますが、道徳や慣習は破っても罰せられません。

たまにこういう人がいます。

道徳や慣習はしっかりと守るが、法律は破る。それを端的にあらわしている具体的な言葉をあげます。

それは例えば「赤信号、みんなで渡れば怖くない」という言葉です。

法律はみんなで破れば問題ないという考え方です。

しかし、これだと何のために法律があるのか法律の存在根拠がなくなるし、もとより国家権力の意味がなくなります。

もっとも、ここで言う「みんな」は本当の意味での「みんな」ではなく、実際は社会の構成員のごく一部の人を「みんな」と言っているに過ぎません。

なので、法律を破ることを続けていると、いくら「みんな」でやっていても、いつか国家に罰せられることになります。

もちろん、一番良いのは道徳も守ることです。

とは言え、優先すべきは法の遵守であり、優先順位から外れ、原則的には道徳は捨てても構わないはずです。

で、成功するためには常識はずれ、つまり道徳や慣習、常識を破壊して行動する必要がある場合が多いわけです。

ただし法律やルールは必ず守る。そうしないと成功への道のりの途中で国家(または共同体)に罰せられます。

つまり成功への道のりは途絶されてしまうと言うことです。

お分かりになりますでしょうか?

この話は非常に長くなりますので、折に触れてお話はすると思いますので、今日はここまでにします。

柴田

柴田ありさTwitter👉https://twitter.com/ArisaVip

📷写真:Times Square, NYC 2012

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