すべての理不尽を飲み込んで生きる。だが忘れるな

自分のチカラや運が及ばないつらいことや悔しいことは、人生に多々あります。

けれども、それで感情的に行動してはなりません。

その場は理知的な解決をしないと、更に不利になったり追い込まれるたりすることがあるからです。

とはいえ、その理不尽を決して忘れてはいけないわけです。

なぜ忘れてはならないか?

強く生きるためです。

優しさは一見よく見えますが、実は当事者同士お互いによくありません。

その場は許してもその理不尽は記憶に深く切り刻み、それをバネとし基礎として高みに登るためです。

以下、『十八史略』からの引用です。

朝夕薪(たきぎ)の中に臥し、出入するに人をして呼ばしめて曰く、「夫差、なんじ越人の而の父を殺ししを忘れたるか」と。

勾践(こうせん)国に反り、胆を坐臥(ざが)に懸け、即ち胆を仰ぎ之を嘗めて曰く「なんじ会稽(かいけい)の恥を忘れたるか」と。

これは臥薪嘗胆(がしんしょうたん)という言葉の由来です。

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