投資家は一人で生きているのか?

前回(2018年2月26日)のコラムで良い人的環境を得ることが大切だと書きました。

そして、人間は社会的な動物であるから、孤立無援な一人では生きていくことができないとも書きました。

ここで、次のように反論される方がいらっしゃるかもしれません。

「私は投資で利益をあげて月間でもいつもプラスで結果も出していて、特に他人と交流がなくても一人で生きている」

これはごもっともな反論に受け止めることができそうですが、根本的な勘違いがあります。

投資で勝つということは、いったいどういうことでしょうか?

投資で勝つことの反対側には投資で負けている人がいるということです。

投資で勝ち続けているということは、反対側に投資で負け続けている人がいるということです。

その反対側で負け続けている人がいなければ、投資で勝ち続けることもできないということを意味します。

投資で負ける人がいるので、反対側に投資で勝つことができているのです。

すなわち、投資で負けた人のお金が投資で勝った人に市場や取引所を通じて渡されていると言えるのです。

つまり、投資で勝った人は負けた人が存在しなければ、そもそも勝ちようがないということです。

とすれば、勝った人は負けた人に対し広い心を持ち感謝して、

自分一人で生きているという勘違いをしないようにするのが正しい心の持ちようだということです。

どのような職業や職種であっても、たった一人で行う投資であっても、人間は自分一人だけで生きていくことはできません。

これはビジネスや投資だけではなく、普段の生活にも当てはまります。

例えば、私たちが毎日必ず使っているトイレについて考えてみましょう。

トイレでの排泄物は、下水処理場がなければトイレは使えません。

私は下水処理場に見学に行ったこともあるのですが、下水処理の現場は見学レベルでもとても匂いがきついです。

そのような現場を管理している人たちがいて私たちの水洗トイレは成り立っています。

また、私たちが捨てているゴミについて考えてみましょう。

私たちはトイレ同様、毎日ゴミを作り、それをゴミ置場に捨てて生活しています。

そのゴミをゴミ置場から回収してゴミの焼却場やゴミ置場、リサイクルセンターへ運ぶ人がいます。

さらにそれぞれのゴミの処分場の現場で働いている人たちがいます。

その人達がいなければ、私たちはゴミを捨てることはできません。

このように、私たちが毎日、普段当たり前に行なっている全ての行為についてその「後始末」をしている人の存在により社会は成り立っています。

そんな社会の中で、「私は一人でお金を稼いで生きている」と豪語するのは、おかしなお話だと言えます。

一人で投資家として利益を上げて生活している人だって毎日水洗トイレは使いますし、ゴミも捨てるはずです。

人間社会は、お互いが支え合って生きているのであって、特定の一人が自分の力(ちから)だけで生きているわけではありません。

私たちはそのことをしっかりと認識して、心を広く持ち、一人で生きているという慢心な思いを持たず、お互いが共存共栄していることを心から思うことが大切なのではないでしょうか。

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